クレーム
文句があればクレームをつければよい。
カネを出してるんだから当たり前だ。
そのような意見が普通ですが。
タタ会長の次のエピソードは深い。
昔から日本人がもっていた尊厳に通じるような気がする。
――――――――――――――――――――
昔連載していた「私の履歴書」より
ラタン・タタ(タタグループ会長)
第2次世界大戦が終結してまだ4年後。
街角には戦時下のナチス軍による空爆の傷痕が生々しく残っているような状況だった。
海沿いのホテルで1ヵ月ほど過ごしたのだが、ある晩、夕食に訪れたレストランで小さなトラブルが起きた。
会計の際、頼んでいない料理が請求されるなど、要するに店から”吹っ掛けられた”らしい。祖母はしばらくレシートを見つめていたが、一切文句を言わず、料金を払って黙ってレストランを出た。
「ねえ、おばあさま。どうして店の支配人を呼んで抗議しなかったの?あれじゃあ、泣き寝入りじゃないか」
子供心にも歯がゆかったのだろう。私は我慢できずに疑問をぶつけてみた。
すると祖母は私の目を見据え、毅然(きぜん)と応えたのだ。
「ラタン。何が起きても騒ぎ立ててはいけません。2度と行かなければよいのです。たとえ2倍の料金を払っても堂々と前を向き、威厳を保っていなさい」
高潔、誇り、尊厳……。
彼女なりの人生哲学を私に伝えようとしたのだろう。それはタタ一族に脈々と受け継がれてきた理念でもあった。