読書82 入門 信託と信託法

 入門・信託と信託法 弘文堂
 樋口 範雄

 米英では、信託と契約は全く別の法律関係と位置付けられている。
 信託の源流は、歴史的にみて実は契約よりもずっと早い。
 相互に依存しないと存続できない昔の社会で、「信じて託す」という発想が生まれるのは必然。対等な個人が自己責任で権利と義務を定める契約を法制度化できたのはむしろ後世になってから。

 アメリカでは、当たり前のことはすべて信託であって、契約の対象にはなりません。たとえば、医者と患者の関係です。医者が患者のために最適な決断をするのは当たり前であり、医者の義務を軽減するために患者と契約するという発想はない。当事者間で自由に決めることができる事案でのみ契約が登場する。それが英国の信託法の考え方です。

 つまり現代社会も信託こそが基本。信託の思想が根付いている国においてはじめて契約がうまく機能するのです。

 米国、英国では、信託の法制度としての歴史は、受託者の裏切りがあったときに、どのように解決し、あるいは受益者をどうやって保護すべきかの判例、法整備の歴史でもありました。
 能力のある者が、能力を持たない者の信頼を引き受けるのが信託だからです。専門知識のある者が、知識を持たない者の信頼を裏切ってはならないわけです。

 そう考えると、税理士と顧問先の契約も実は信託。税理士は、法的責任の有無にかかわらず、納税者の期待を裏切ってはならず、最適な決断を提供する必要がある。士業の専門家は、そこを自覚する必要がありそうです。